嫌われる覚悟

人は多かれ少なかれ人から好かれたいと願っている。
積極的に嫌われたいと願っている人はほとんどいないと思う。
ただ、その大きさは人によって大きく異なっている。
一般に自尊感情の低い人は、人から好かれたいと強く願う傾向が強いと思う。
人から好かれたい、頼りにされたい、慕われたい。
それ自体は決してダメな感情ではないと思うが、人の成長に関わる人にとって、その相手方から過度に好かれようとか、信頼されようとか、慕われようと思うと、人の成長という本来の目的が見失われることになる。
人の成長に関わると言うことは時としてネガティブなフィードバックをする必要がある。相手方の気に入らない言動をする必要に迫られる場合もある。
しかし、人から過度に好かれようとすると、それらの言動を控え、相手に迎合することが多くなる。その結果、その人の成長を妨げることもある。
極論、その人が成長しない方が、自分の相対的な価値は高まるし、自分自身への信頼も高まる。
相手方との力量差が大きければ大きいほど、自分への信頼は高まり、自分への依存は強くなる。
そう、人から好かれることはある種の快楽であり、それによって本来の目的が分からなくなることがある。
教育や人の成長に関わる人は、常にそれに自覚的で、その快楽に抗うことが求められる。(のじま)